どんな国? ジョージア(旧グルジア)の民族対立と露・欧米の動き

ジョージア(旧グルジア)
What kind of country? Ethnic conflict between Georgia (former Georgia) and Russia / Western movement ジョージア(旧グルジア)

ジョージア(旧グルジア)と言えば、大関・栃ノ心や特産品のワインで知った方が多いかもしれません。しかし、実はこの国、ウクライナとならんで、今後の欧米諸国とロシアの関係を占う上で、非常に重要なポジションにあります

同じく旧ソ連のバルト三国が、北大西洋条約機構(NATO)や欧州連合(EU)の一員となったのに対し、ジョージアはその加盟をテーマとしながら、今も参加してはいません。

内包するジョージア内の民族対立を睨みながら、地理、歴史、そしてNATOとの関係を追ってゆきます。

地理

ジョージアは、かつてはロシア語読みの「グルジア」と呼ばれていた国です。

東はカスピ海、西は黒海、北はロシア、南はトルコに囲まれた、中央アジア・カフカス地方の国です。

人口と面積

人口は約400万人、面積は日本の約五分の一で、北海道より一回り小さい国です。

地政学上の重要性

ロシアにとっては、トルコへ通じる道ということで、歴史的に重要な戦略拠点にあります。

当然、米国、西欧にとってもその意味で重要ですが、特に米国にとっては潜在的な敵国とも言えるイランに近いことがポイントです。

資源

特に目立った天然資源を有している国ではありません。しかし、「BTCパイプライン」の存在を忘れてはいけません。

BTCパイプラインは、カスピ海で採掘された大量の原油を、アゼルバイジャンの首都バグー ⇒ ジョージアの首都トビリシ⇒ トルコの地中海沿岸都市ジェイハン と運んでいます。

ジョージアで紛争が起きると、このパイプラインの操業に影響が出ることになります。

特産品ワイン

ワインで8000年もの伝統を持ちます。クレオパトラもスターリンも愛したと言われるこの国の特産品No.1は、このワインです。

ユネスコの無形文化遺産に登録されている「クベブリ」という製法で作られます。

クベブリとは素焼きのカメのこと。これを土中に埋め、その中で自然発酵させます。柔らかな味わいと共に、心臓病にも効くといった研究結果も出ています。

日本のブドウ品種に「甲州」というのがありますが、ジョージアにあるブドウのDNAを70%以上持っています。日本まで伝わった時期は定かではないほど古く、シルクロードというものの歴史を感じさせます。

格闘技・スポーツ

格闘技が盛んな国です。小国ながら、レスリングや柔道では五輪金メダリストを輩出しています。

日本の大相撲で大関に昇進した栃ノ心は、このジョージアの出身。他にも、元小結の黒海や、十両の臥牙丸がいて、相撲経由でジョージアの名を聞いた日本人も多いかもしれません。

また、ラグビーでは世界ランク12位と注目されています。

歴史

1991年12月:ソ連崩壊

ソ連崩壊の前後、連邦周辺で多くの民族が動き出しました。多民族国家ジョージア共和国もその一つでした。

ジョージア政府が進めた民族・言語政策を巡って、南オセチアとアブハジアの支配勢力が反発します。

南オセチアにはイラン系のオセット人が60%以上、アブハジアは、アブハズ人が40%以上住んでいます。この両者は、ジョージア人とは言語が違います。

ロシアと近い両地域の独立勢力が、ジョージア政府と衝突します。その結果、南オセチア、アブハジアが事実上の独立を獲得しました。

2003年11月:バラ革命

選挙の公正性を巡って、約3万人が国会議事堂を占拠しました。人々がバラをもっていたことから、バラ革命と呼ばれます。

この結果、大統領が退陣、後任に親欧米派のサーカシビリ氏が就任します。元々、旧宗主国ソ連との関係が良くなかったジョージアで、さらに関係が悪化していくことになります。

一方、欧米諸国は、旧ソ連諸国を自国の勢力範囲に取り込むことを画策していました。すでに旧ソ連独立国のバルト三国が、北大西洋条約機構(NATO)とヨーロッパ連合(EU)に加盟していました。

問題は、ウクライナとジョージアがその後に続くのか。当然ロシアは警戒していました。

2008年8月:ジョージア紛争

2008年4月にNATO首脳会議で、将来ジョージアを加盟させる方針がまとめられていました。ロシアの警戒感がますます高まります。

そんな中、サーカシビリ大統領が事実上の独立地域となっていた南オセチアとアブハジアの奪還を目指し動き出します。

同年8月、北京五輪の開幕でプーチン氏の留守中、ジョージア軍が南オセチアに砲撃を仕掛けます。(ジョージア軍は南オセチアから攻撃を受けたと主張しています)

即座にロシアが軍事介入し、空爆を開始。南オセチアの境界を超えて、ジョージア領内に侵入。空港などを占拠しました。

米国が自国艦船をジョージアに派遣。一時ロシアと睨み合う形となり、緊張が走ります。しかし、フランスのサルコジ大統領(当時)が調停に動き、ロシアのメドベージェフ大統領(当時)が軍事作戦終了を宣言し、短期で集結しました。

これが、ソ連崩壊後、ロシアによる最初の軍事介入となりました。

2008年10月~:ジョージア紛争後

2008年10月、ロシア軍部隊の撤退が始まりました。その後ロシアは、南オセチアとアブハジアの独立を政治的に承認することになります。

ジョージアは、両地域を自国の領土であると主張していますので、これに反発しています。

こうして、両地域の帰属・独立というテーマを挟み、欧米とロシアという二つのスーパーパワーが睨み合う格好となりました。

ジョージアとNATO

ジョージアは親欧米路線に舵を切った後、自国の安全保障を確保するため、北大西洋条約機構(NATO)への接近を図ってきました。

NATOパートナー国としての評価を高める目的で、イランやアフガンへの派兵を行い、そこで何人かのジョージア兵も戦死しています。

一方、NATO側もこの貢献を評価しているわけですが、ジョージア紛争でのロシアの強硬な動きが、加盟の流れを止めました

現在もロシアは、バルト三国のNATO加盟までは承認しましたが、ウクライナとジョージアに関しては、断固として認めない方針を貫いているようです。

NATOとしても、この二国との関係が、ロシアとの緊張を高めることが明白であることから、刺激を避ける方向で動いています。

小国ジョージアとしては、歴史的にも縁が深いロシアとの関係改善を計る動きが出始めています。サーカシビリ氏が選挙で大敗し、ロシアとの関係改善を説くイワニシビリ氏が首相に就任しました。

しかし、ロシアのウクライナにおけるクリミア半島の一方的な編入を前に、警戒感が溶けないことも事実です。ロシアの脅威を感じつつも、パワーバランス上、NATOにも加盟出来ない、そんなポジションに置かれています

まとめ

ソ連が崩壊し冷戦が終結した時、世界は一つにまとまって行くと楽観視した人々がいます。しかし現実には、冷戦構造下で抑えられてきたものが、噴出していくこことなりました。またロシアという国が、依然、世界の超軍事大国であることに変わりありません。

このことが、はっきりしたのが、ジョージアでした。噴出した民族対立を挟みながら、米国・EUとロシアが睨み合う形となりました。

旧ソ連諸国と連携を深めようとする米国・EUに対し、ロシアはウクライナとジョージアを譲れない境界線と考えているようです。

国名をグルジアからジョージアに変えても、歴史的にはより縁の深いロシアとの関係がすぐに消えるわけではありません。

今後、ロシアとの関係改善を進めつつ、多角的な外交でその安全保障や社会的地位の確立を目指していくものと思われます。

終/どんな国? ジョージア(旧グルジア)の民族対立と露・欧米の動き

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