ナイジェリア連邦共和国は、西アフリカに位置する大国です。面積、人口、GDP、どれを取っても、アフリカの大国であることは間違いありません。
ただ、同時に、世界の紛争の縮図のような様相を持ち合わせています。イスラム過激派武装集団「ボコ・ハラム」のテロ活動がニュースを騒がしていましたが、それだけではありません。民族対立、宗教対立、貧富格差など、非常に複雑に絡み合っています。
ナイジェリアの基本情報とその国内対立の様相を歴史に沿ってまとめてみました。
ナイジェリアの基本情報
まずナイジェリアの基本情報をまとめてみました。アフリカでも一番と言ってよいほど、大きな国であることがわかります。南北の貧富の格差や、民族数の多さ、宗教の違いなどが目につきます。
面積
約92万平方キロメートル。これは、日本の約2.5倍のサイズになります。
人口
約1.8億人。世界第七位。アフリカ第一位。アフリカで、日本より人口が多い国は、このナイジェリアだけです。
GDP
約9700億ドル。アフリカでは、南アフリカとトップを競い合う経済大国です。
都市と地方
首都はアブジャ。南北の対立をにらんで、国の中央部に作られたいわゆる人工都市です。1991年に大都市ラゴスからこの街に首都が移されました。
最大都市はラゴス。元首都で南西部の海岸に位置します。人口は1000万人以上といわれ、西アフリカを代表する大都市です。近年高層ビルが立ち並び、経済大国ナイジェリアを代表する都市といえます。
一方、北部は後述する「ボコ・ハラム」の破壊活動が続いており、国連の報告によれば、貧困率は約80%。避難民キャンプで約160万人が暮らし、国全体の半数近い子どもたちが、学校に通えていないという実態があります。
南北で、深刻な貧富格差が続いています。
民族
多民族国家でその数は250ともいわれます。
その中でも、特に大きな集団は下記の3つです。(括弧内は構成比)
- ハウサ=フラニ(約29%)、北部、イスラム教徒が多い
- ヨルバ(約21%)、南西部、キリスト教徒が多い
- イボ(約18%)、南東部、キリスト教徒が多い
以上が基本情報になります。以下、時系列でどのように対立が絡み合っていくのかを見てみます。
1960年◆イギリスより独立
ナイジェリアは、1960年にイギリスから独立しました。イギリスはイボを重用していましたが、独立後はイスラム教徒が多いハウサ=フラニが主導権を握ってゆきます。
1967年7月-1970年1月◆ビアフラ戦争
キリスト教徒の多い南東部のイボが、「ビアフラ共和国」として分離独立を宣言しました。
ナイジェリア政府軍は英国、旧ソ連、ビアフラはフランス、中国などから支援を受けます。
結局、ビアフラの無条件降伏で幕を閉じましたが、戦争と飢餓で100万人規模の死者が出たとみられています。
2008年~◆イスラム教徒とキリスト教徒の衝突
2008年、中部ジョスで、イスラム教徒とキリスト教徒が衝突し、数百人規模の死者がでました。
同様に、2010年にも大規模な宗教衝突が起きています。
2009年~◆イスラム急進勢力「ボコ・ハラム」台頭
「ボコ・ハラム」とは、ハウサ語で「西洋の教育は禁止」という意味です。
設立は2002年。イスラム急進派武装組織で、アルカイダとも連携しています。2009年にジハード(聖戦)実施を宣言。政府軍と衝突し700人以上が死亡したといいます。
その後もジハードは過激さを増し、政府機関、キリスト教教会、イスラム教穏健派、一般の市場など、あらゆるところでテロ活動を重ねてゆきます。
それまでの、民族対立、宗教対立の上に、イスラム過激派がイスラム穏健派を含む多くの人々を相手にテロを起こし始めます。この構図は世界各所の紛争でも見られるものです。
2014年◆ボコ・ハラムがイスラム国家樹立を宣言
IS(イスラム国)と同じことを、ナイジェリアで起こしています。一時は約170万人を支配下に置きました。
また、そのテロ活動は非常に凄惨なもので、学校で少女を拉致し、自爆テロ実行犯に仕立てあげます。
また、活動範囲はナイジェリアを超えて周辺国にも及んでおり、この時期、殺害人数ではISを上回ったとの報告もあります。
2015年◆ブハリ大統領、ボコ・ハラム掃討に本腰
この年、ボコ・ハラムへの対応を最大の争点として、大統領選が争われました。
現職のジョナサン大統領(キリスト教徒、南部出身)と野党候補のブハリ氏(イスラム教徒、北部出身)が戦う形になり、ブハリ氏が勝利し、新大統領となりました。
ブハリ大統領はイスラム教徒の軍人で、過去に軍事クーデターを起こしたこともある人物です。テロに対する強硬な対応を期待しての投票結果となりました。
2018年◆犠牲者2万人以上。なお続くテロの恐怖
2018年に入ってからも、定期的に自爆テロが行われ、そのたびに数十人規模の被害者が出ています。
これまでの、犠牲者は2万人を超えると言われています。2014年当時に比べれんば、ボコ・ハラムの勢力は縮小していると言われていますが、今なお、治安に対する不安が大きい。また、拉致されたのち解放された人々の生活復帰、子どもたちの学校教育の再開、病院の物資不足など、問題は残されたままです。
まとめ
ナイジェリアには、4つの対立が見受けられ、これらが複雑に絡み合っています。
- 大きな三つの民族集団の間にある歴史的な対立
- キリスト教とイスラム教の宗教対立
- ナイジェリア政府とイスラム急進武装勢力のテロ戦争
- 豊かな南西部と貧しい北東部の間にある深刻な経済格差
世界中で起こっている紛争の縮図を見るようです。
ただ、この国は若者が多い国です。国連の人口推計によれば、将来的には人口がアメリカを抜き、中国、インドに次ぐ大国になる可能性まであるそうです。
テロ活動については、まだまだ楽観出来る状況では無いと思われますが、少しでも平和な暮らしが近づいてくることを希望しながら、今後もこのアフリカの大国に注目して参ります。
終/対立の縮図? ナイジェリアの民族、宗教、経済問題と未来
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